〔685〕 キリスト教の観念

仏教国である日本は、誰かが亡くなるとお通夜、お葬式、そして49日というのがあります。
ここキリスト教のアメリカは、お通夜(wake)、お葬式(memorial)、そして死後40日でもう一度教会に集まって祈りを捧げる、という習慣があるのですね。

週末は、先月に他界した友人の40日のメモリアルがあったので教会まで行ってきました。
お通夜は死者との対面が主な目的で、お葬式は教会の式が主な目的。参列者は死者を偲んで、涙涙の式な訳ですね。でもようやく40日経って、集まった人同士が和やかな会話が出来る様になっていました。
こうやって、死後に、彼を通じて知り合いになれた人々とこうやって一緒に時間を持てて、なんだか不思議な気分になったり。

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同じく週末には、教会のおばさんの47回目の結婚記念日がありました。
教会のおばさんとは知り合ってもう10年になりますが、その間にも夫婦の間には色々な事がありました。旦那さんに女がいることが判明したり。
そういう時、相手のことを憎んだり恨んだりする事は簡単ですが、教会のおばさんがしたことは、『ひたすら許すこと』でした。

ひたすら許すの。

それって簡単に出来ることじゃない。でもおばさんは心から許しを与えたの。

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子供の頃に読んだ童話『グリム童話』で、『北風と太陽』というのがあったのね。

北風と太陽が、どちらがその歩いている男の人のコートを脱がせることが出来るか、という競争をしているの。
北風は、『自分が勝つに決まっている』と言って、おもいっきり北風を吹きつけたのね。そうやって簡単にコートを吹き飛ばせる事が出来ると思ったら、男の人は寒がって襟を立てて余計にコートをしっかりと握り締めてしまったの。

こんどは太陽が、日の光を燦燦と男の人に照りつけたの。
そうしたら、男の人は『暑い、暑い』と言って、あっという間にコートを脱いじゃったのよ。

それでディ・エンド。

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教会のおばさんが、相手の人のことを許してその人の為に祈り続けたら、まるでイソップ物語の様に、ハッピーエンディングになったの。

旦那様も、それからは本当に妻の事を愛し、一緒にお祈りをし、共に教会まで行くようになったのです。
その日も、結婚記念日だということで、妻にはディナーのデートをプレゼントです。素敵でしょ!

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許すこと。- これが出来る時は、本当に自分が満たされていると感じるの。顔にもそれが表れていると思う。逆にそれが出来ない時は、自分も満たされていると感じていないだろうし、顔にも表れているのでしょう。


許す - Forgive の観念とはずばりキリスト教の観念なのでは、と思うキャロルでした。
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Commented by 理恵 at 2009-12-18 05:02 x
私にとって「許す」って行為は、本当に難しいことなんだ。まだ人間出来てないから!けどキャロルの知り合いの方の話を読んで、素晴らしいと思った。余談だけど、Onlineでも「Forgiveness」でQuoteを検索すると、溢れるほど出てくる。いつの時代にも、許すという事は人々の大きな課題の一つなんだね。
Commented by karol1 at 2009-12-18 16:09
★理恵ちゃん、
こんな小難しいトピックにコメントを書いてくれてどうもありがとう。書きたい事がたくさんあって、でもそれをどうやってまとめたら良いのか難しくて、なんだかまとまりのない文章になってしまったけれど、何かを伝える事が出来て良かった!
私にもこの課題は大きいよ。相手の死後、許せるようになったりね。そうやって、キャロルも学んでいます。
by karol1 | 2009-12-17 14:13 | 普通の日記 | Comments(2)